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 8月14日、長渕剛は熊本県の被災地を慰問した。まず午後1時、長渕は大西一史市長に案内してもらって、熊本城の視察に訪れた。まだ倒壊の危険があるということで、ヘルメットを着用して城をまわった。この日の気温は38℃。外にでるだけで、もう汗だくだくだ。市長や現場責任者の方たちも、汗をしたたらせながら必死に状況を説明してくれた。これは写真をみてもらったらすぐにわかるのだが、熊本城の状態はメディアで報じられているよりも、はるかに深刻だ。いたるところで石垣が崩れ、いまにも倒壊しそうになっている。石柱二本、三本でたっているところもあって、もちこたえていることに奇跡を感じるくらいだ。長渕も、ここまでとは思っていなかった。そう市長に話すと、この状況は多くの方々に知っていただきたいが、当初は皆様が気力を失ってしまうのではないかと心配した。しかし、被災しながらも力強くそびえる天守閣などが、震災へ立ち向かうシンボルとなると判断しライトアップも再開させ、この熊本城の状況を多くの方々に知っていただきたいと思っている。
長渕も市長同様、ぜがひでもこの熊本城の様子をいろんな人たちに知ってもらいたいと思った。いまにも倒壊しそうになりながらも、それでもなんとか踏んばっている城の姿をみて、そこに人間の生きる力を感じたのだ。のちにこのとき思っていたことを、長渕はこう語っている。

「さすがに400年の歴史を積みあげてきた重さみたいなものがあるんですね。自然がどう立ち向かおうとも、集結した人間の力がグワーッと踏んばっている。僕は、この熊本城がまだ踏んばっているという姿をぜひ見せるべきだという気持ちになりました。危険なところまで見せていただいたんですけど、がんばっているんだな、踏んばっているんだな、そういう思いでしたね」









 熊本城には、石を積みあげてきた何百、何千もの人たちの力が集結している。それを守りつづけてきた多くの人たちの思いがこめられている。城は生きている、生命力をもっている、400歳だ。その熊本城が崩れそうになりながらも、「オレはまだ潰れねえぞ、がまだせ、がまだせ」と踏んばっている。熊本には、「がまだせ」という、「がんばれ、踏んばれ」という言葉があるのだが、これは熊本城の精神というか、熊本県民のプライドをあらわしているんじゃないだろうか。これでもか、これでもかと打ちのめされても、こらえて、こらえて、必死に生きていこうとする人間の力をあらわしているんじゃないだろうか。集結した人間の力は、そう簡単には崩れない。長渕がそういう思いで写真を公開したいんだと伝えると、大西市長が「長渕さんがそうおっしゃってくれるなら、ぜひ」といって快く許可してくれたのだという。きっと写真を見てもらえば、だれもが感じるだろう。被災地に思いを寄せるということは、ただ悲惨だねとか、かわいそうだねと言うことじゃない。再生にかける思いをくみとり、その力を鼓舞することなんだと。







 さて、そのあと移動をして、震源地にあたる益城町をおとずれた。15時ころ到着する。町の様子をみにいくと、まだ家が潰れたままになっていて、川のなかにのめり込んでいたという。長渕は、そこに町の人たちが感じたであろう恐怖をみてとった。それから町の総合体育館を慰問する。避難所になっているところだ。なかにはいると、まだ驚くほど多くの人たちが、そこで生活をつづけていた。みるからに辛そうであった。少しずつ、仮設住宅に移るひとも増えているのだが、まだ間に合っていないのだ。益城町は震災のさなかにある。長渕は、それを実感しながら一人ひとりの手を握ってまわった。なかにはカーテンから頭をだし、うなだれていたおじいちゃんもいて、握手をするときに「大丈夫?」と声をかけたら、かぼそい声で「ああ、ああ」と返してきたという。きつそうだ。だが、長渕が「大変だねえ、もう踏んばるしかないもんねえ」と言うと、こんどは力強い声で、「ああ、ああ」と返してくれた。再生しようという力は、まだ死んじゃいない。

 それから、二階にあがって子どもたちの勉強部屋にいく。「拳をあげるぞー!」と言って、いっしょにくまもんの前で写真をとった。帰り際、長渕は椅子の上にたって、おじいちゃん、おばあちゃんたちに「遅くなっちゃったんだけど、来たよ。ずっと気になっていたんだ」と話しかけた。熊本城で感じたことをみんなに話し、「おじいちゃん、おばあちゃんも踏んばらなきゃいけねえな」と言うと、「そうだねえ」と笑顔をみせてくれた。慰問を終えて外にでると、入口付近にはもうすごい人だかりだ。およそ1,000人。長渕はトラメガを手にとり、ふたたび熊本城の話しをした。がまだせ、がまだせと。





 そこからまた移動をして、16時、西原村に到着した。避難所になっている体育館を慰問した。震災から4ヶ月たっているということもあるのだろう、みんなの疲れを感じたという。長渕は、ここでライブをやらせてもらうことにした。すると、みるみるうちに、100人が200人に、200人が400人に、ひとがどんどんふくれあがり、最後は500人くらいになっていて、体育館が満杯になった。当然ながら、長渕にも気合いがはいる。その場で、「熊本城はまだ踏んばっているんだから、俺らもがまだせ、がまだせ」という歌詞を書き、それを即興で歌うことにした。ライブがはじまると、1曲目のわずか数分でみんな総立ちになり、拳をあげてくれた。みんなが拳を突きあげ、どこにむければよいのかわからない怒りを散らしていく。拳をあげながら、泣いている方もいたそうだ。ライブを終えると、現場をとりしきってくれた青年団の方々から、深々と感謝されたという。「村人たちがここまで笑顔になれたのは、4ヶ月たってはじめてかもしれないです。ほんとうにありがとうございました」と。もしかしたら、そうやってひとの笑顔をつくりだすことが、ほんとうの意味での復興なのかもしれない。





 こうして、長渕は被災地の慰問を終えた。今回の慰問で、長渕がいちばん感じたのは、被災地には、たとえどんなに崩れかけたとしても、踏んばっていこうとする人間の生きる力があるということだ。でも、もうひとつ強く感じたのは、いまあまりにも被災地が無視されているんじゃないかということである。この間、熊本の状況は、ほとんど報道されなくなっていた。テレビでは、オリンピックの放送ばかりであった。きっと、熊本の震災はそれほどたいしたことはない、東日本大震災と比べて死者の数が少ないからセンセーショナルな話題ではないとでも思っているのだろう。「なんか死者が何人とか……データでぜんぶ終わりだろ? そうじゃないんだよ、ここにいる人たちは」と、長渕は怒りをこめて語っている。メディアは、目にみえて華やかなところだけにスポットライトをあてて、その裏側にあるものをみえなくさせてしまっている。データにあらわれるような、パッとみでわかりやすいところだけに焦点をさだめて、そこに映ってこないものを無視してしまうのだ。
 長渕は、これはメディアの問題だけではなくて、都会の生活そのものの問題なんだと言っている。たとえば、東京では夜中でも電気がついていて、いつでも目にみえたものだけで動くことができる。人間の五感でいうと、視覚ばかりをはたらかせているのだ。これでは目にみえないものがあるのかさえもわからなくなってしまう。だから、長渕はこう呼びかけている。いちど暗闇に身をしずめてみよう。そうすると、これまでみえなかったものがみえてくる。太陽のかわりに、月明りで路地が照らされている。月明りをみていると、光はおなじ色じゃなく、赤にもなれば、青にも黄色にもなることに気づかされる。それに暗闇のなかで静寂につつまれていると、ふと人恋しくなる瞬間に出会う。二度と会えない父母のこと、あそこに残してきた子どもたちのこと。そういう潜在的な思いが、暗闇の中でろうそくの火をともすかのように、スッとわきあがってくるのである。
 長渕は、被災地に心を寄せるというのは、そういうことなんだと言っている。メディアの光には照らされていない、データにはあらわれていない、それでもまぎれもなく存在しているひとの思い。壊れているんだけれども、踏んばって再生していこうというひとの思いに触れることなんだと。

「人間というのは、どんな絶望のなかにいても、かならず上にあがろうとする生き物であるということを僕は信じる。そこにときおり、きっかけになるものが必要になってくるので、それが音楽であったり、ひとの優しさであったり、言葉やその響きであったり、つまり光であると思う。どういう光をあててあげたらいいのか。または、どういう光が欲しいのか。ずっと都会のなかで暮らしていると、そういう五感みたいなものがはたらかなくなってしまう」

 いちど都会の光を遮断して、ひとの真実の思いにふれてみる。そして、そこにうっすらとでもいい、月明りやろうそくの火くらいでもいいから、心をこめて光を照らしてみよう。きっと、それは相手の再生をささえるばかりじゃなく、自分の五感をとりもどす、いってみれば自分自身をとりもどす作業にもなるはずだ。いま、長渕は全国ツアーのまっただなか。このツアーのテーマは暗闇だ。そこからどんな光がみちびきだされるのか。人間をデータでみるのはもうやめよう。大切なことはただひとつ。再生だ、そこにかける思いを触発しあうことだ。長渕は、いつだってこう呼びかけている。『俺らもがまだせ、がまだせ!』

photo by 西岡 浩記